| 流儀の歴史 |
![]() 天眞正自源流(てんしんしょうじげんりゅう)の始祖は、自源齋一任自一坊(じげんさいいっとうじいちぼう)が創始した「上古流鹿島之太刀白源流」です。これは、西暦九三一年・朱雀天皇の時代の丞平二年のことであり、即ち、平将門の反乱と時代を同じくします。約千年前のことであり、日本最古の古武道・古武術の一つであるといえます。 鹿島之太刀は、仁徳天皇の時代五世紀前半に同地の人物・國摩真人が鹿島『高天原』に祭壇を設けて祈祷を行い鹿島の大神より授けられた『神妙剣』を骨子とする我国初の流儀です。 自源齋一任自一坊の自源流から四百年・室町時代の頃、開祖瀬戸口備前守政基(かいそせとぐちびぜんのかみまさもと)は流儀に工夫を凝らして天眞正自源流を創始し、流儀の思想と剣の理法を三巻に纏め次代に継承しました。 それが、今日に継承され続けてきた天眞正自源流兵法の武道です。流儀の思想は源義経が鹿島神宮に奉納した龍虎二巻の武道極意を基本とするものであり、剣法・居合・体術・槍術・長巻、等を網羅する総合武道です。 天眞正自源流兵法総合武道源心会では、人間形成を最大の目標として技術から学び始めます。剣の理法を初めとして、体術は護身術的要素を持っており、全てを総合的に学ぶことによって、人格を高めてまいります。万物共生・万有愛護・剣人一体を根本として、技術の上達を図ると同時に人格の向上を求め不動心を養成するものです。 ![]() 天眞正自源流の神速の抜き付けと納刀は精神の集中力を極め、不用意に行えば我が身を自分自身で切り裂く事になります。故に、精神の充実と効用は武道本来の姿となり心技体が完成される事になるのです。真剣刀法は精神の充実無くしては出来ません。例え少年少女であっても、その充実度は成人を凌ぐ場合があります。 現在は、埼玉県春日部市に本部道場があります。
|